ちょっと一服「心と体の休憩室」から
会社は生きもの
私が前職で人事の仕事をしていた時に、初めて社員のメンタルヘルス問題に直面しました。本社の相談窓口で対応していましたが、守秘義務があり、相談に来る人も少なく、低い稼働率しか知らされませんでした。それまでは、こころの問題は、個人の資質やプライベートな問題であり、会社が関与することではないという認識であったかと思います。また、こころの問題を持つ人は、「弱い人間である」、「根性がない」、「落ちこぼれ」、「気合が足りない」という根性論が主流を占め、「会社に知られると、評価が下がる」、「他の社員に知られると恥ずかしい」という日本人特有の感情が問題解決を遅らせていました。しかし、うつ病による休職者の増加や自殺者の増加などが社会問題になり、会社も放置できなくなりました。
私は人事担当として、本格的にカウンセリングを学び、現場体験から導き出したことは、以下に述べる理由から「企業まるごとカウンセリング」の重要性でした。これは、一人の人間をカウンセリングする時と同じように、会社全体を一人の人間としてとらえる立場です。
どの会社を訪問させていただいても、それぞれ独自の印象を受けます。人間と同じように、性格や特徴という風土を持っているからです。この会社の風土が、社内ストレス要因に大きく影響しているのです。メンタルヘルスの問題に向き合う場合、人だけでなく、会社の伝統、方針、業務の仕組み、経営の考え方などから形成される会社の風土の在り様を視野に入れて対処していくことで、適切な問題改善に迫ることができることに気が付いたのです。
「まるごと」のメリット
企業まるごとカウンセリングの目的は、当然、社員のメンタルヘルス未然(未病)対策と働きやすい職場を作り、会社の生産性の向上に繋げることで、社員だけでなく、会社も元気にすることです。メンタルヘルスの未然対策は、今現在、こころの不調を訴えている社員は元より、未病である社員、すなわち全社員を対象に定期的にカウンセリングを行い、病気へ移行させない対策を早めに打つことで効果を生みます。また、全社員と定期的にカウンセリングすることは、会社の風土や全体像をイメージでき、社内の問題点を見つけやすくする効果もあります。全社員をカウンセリング対象にすることをオープンにすることは、日本人特有の「恥ずかしい」という感情を小さくし、会社における相談件数を向上させます。また、問題点を抽出しても、社員が特定されず、守秘義務が守られます。
以下では、筆者がこれまで実際に行ってきた企業まるごとカウンセリングの実践例を2件紹介して、その有用性をご理解いただきたいと思います。
まず、小売りサービス業(社員73名)では、社員の定着率が悪く、会議等で意見が出ることはなく、覇気が感じられないことが問題でした。まるごとカウンセリングの結果、ワンマン経営など多くの問題点が見つかりましたが、全てを同時に改善することはできません。そこで、優先順位が高いと思われた給与体系の整備から着手することとしました。それは、給与制度が不透明で、社長の判断だけで給与も賞与も決まり、額も定まっていないため、社員に将来に対する不安を感じさせ、最も離職率とやる気に悪影響していたからでした。そこで給与制度と評価の仕組みの見える化を提案して社員の不安を払拭しました。結果、制度導入後には、今のところ辞めた者は、一人もいません。
次に、IT会社(社員49名)では、長時間労働と高い離職率の問題を抱えていました。この業界に繁忙の波があるのは、宿命みたいなものです。まるごとカウンセリングによって、忙しい時こそ、管理職の適切なアドバイスが重要であることが分かりました。管理職にも余裕がないため、つい口調も厳しくなり、部下からの反発が強いことがミスと離職に繋がっていたのです。管理職の部下への適切な対応を図るため、ハラスメント教育を取り入れ、コミュニケーションの改善を図りました。当然、その間も定期的な全員カウンセリングは継続しています。全員カウンセリングの基本は、全員と最低でも年1回、出来れば半年に1回、50分程度の面談をできるようにし、業務のことだけでなく、プライベートに至るまで、幅広く実態を把握します。このように全員対象のカウンセリングを通じて、社員の能力の発揮を妨げている社内外の問題解決に取り組む姿勢を会社が社員に見せることで、社員の意識の向上、人間関係の改善、離職率の低下、作業の効率化などに繋がりました。