2回目のストレスチェック
厚労省がメンタルヘルス対策を「早期発見・治療」から「未然対策」へ大きくシフトし、ストレスチェック制度を導入して2回目を迎えます。企業はストレスチェックだけを漫然と行うのではなく、その結果を踏まえて社員のストレス負荷を減らし生産性を向上させるには、どんな対策が必要なのか考えなければなりません。筆者は10年以上前から、社員の心のケアには働きやすい職場づくりが必要であると考え、企業にとって何が未然対策になるかを一緒に考えることを事業の柱にして参りました。その中の対策の一つとして企業に取り入れているのがご意見箱です。ご意見箱は、ストレスが高く、その要因が多岐に亘っていると感じられる企業には特効薬にもなりますが、甘く考えると却って逆効果になってしまう可能性があり、どの企業にも有効であるとは思っていません。筆者は、経営幹部を始め、多くの社員と面談をして慎重に判断しています。
ご意見箱と目安箱
ご存知の通り、ご意見箱は8代将軍徳川吉宗の享保の改革で実際に実施された目安箱を参考にしています。ネットで検索しますと、「江戸幕府8代将軍徳川吉宗が享保の改革の一環として、将軍への直訴状を受理するために設けた箱。幕臣以外の町民や百姓などの要望や不満を人々に直訴させた。箱は鍵がかけられ、回収された投書は将軍自ら検分した。内容は、政治に対する意見や提案、役人の不当な行為への苦情に限られた。投書は住所・氏名記入式で、それのない訴状は破棄された。実際、小石川養生所の設置や町火消の整備などで成果を上げた。この箱設置の目的は、言路を開いて庶民の不満の解消を図るとともに、広く施政上有益な建言を求めること、さらに将軍が直接下からの情報を握ることによって諸役人の監督を強化し、行政機構の緊張を高めようという意図もあった。」とあります。将軍を社長、町民、百姓を社員、役人を管理職に置き換えると、現代のご意見箱になります。
今も多くの人が集まる役所や商業施設には、ご意見箱を見ることがあります。企業でも、ハラスメントや不正の抑止力として設置しているところもあります。しかし、企業において吉宗の改革のように成果を上げた例をあまり聞きません。なぜ、成果が上がらず、自然消滅していったのか実際に筆者がヒアリングした例と筆者が実際に行っている事例から考えてみました。
なぜ吉宗の目安箱は成功したか
よく耳にするのは、今のご意見箱は社長に直接届くのではなく、管理部など社内の人間が窓口となっているというものです。そのため無記名であっても、特定される不安から投書が集まらない、投書しても経営者まで意見が届かずいつの間にか形骸化することが多いようです。これまでヒアリングしたことと実施してきた経験から問題点を整理してみると、①投書者が安心して活用できなかった、②回収から対策検討までの体制が整っていなかった、③投書に対して回答が周知されなかった、④仕事が忙しくなると滞りがちになってしまった、⑤個人を誹謗中傷するようなものが入り困った、などになります。
それでは、なぜ吉宗の目安箱は成果を上げたのでしょうか。天下の将軍という吉宗の強いリーダーシップの賜物だけだったのでしょうか。
筆者はそこに時代背景が絡んでいると考えます。吉宗が育った元禄~享保の時代は、国土の開発、経済の動向、人口の趨勢などから見て、江戸時代を二分するような大きな転換点を曲がり終え、米価・物価問題、疫病の流行など社会不安が高まっていた時期であったと言われています。つまり、危機的な状況であり、何とか現状を打破したいという社会的な欲求の背景が大きな要因としてあったのです。
ご意見箱を成功させるには
以上の事から、現代のご意見箱で成果を上げるためのポイントをまとめてみます。①経営と社員の間に現状を打破したいという危機感が存在すること、②基本無記名とし、個人のプライバシーと安全が確保されること③明確なご意見箱の趣旨と目的があること、④社長のリーダーシップがあること、⑤窓口は公正中立な立場を維持できること、⑥ご意見箱終了の目標基準を定めること、⑦ハラスメントや個人的な誹謗中傷は個別対応すること、⑧犯人探しはしない、させないこと、⑨必ず会社の回答を検討し、表現に注意して社員に周知すること、そして⑩あくまで業務の一環であること、などが考えられます。ストレスフルな職場でどこから手を付けたらよいか真剣に悩んでいる企業には検討の価値があるのではないでしょうか。