社員との距離感(2018.労経ファイル3月号寄稿)

この記事は労経ファイル3月号に寄稿しました。

「社員との距離感」

増える個別労働紛争

個別労働紛争が高止まりしています。個別労働紛争とは、「個々の労働者と事業主との間に生じた労働関係に関する民事上の紛争」の事です。どのような紛争か例を挙げますと、「解雇、未払い賃金、労働条件引下げ、退職勧奨、出向・配転、その他の労働条件、セクハラ、女性労働問題、募集・採用問題、イジメ・嫌がらせ」などがあります。こうした紛争は、昭和の時代には、日本的な経営として三種の神器(終身雇用制、年功賃金、企業内組合)に守られたこともあり、個別労働紛争より労使間の集団的な紛争が主でした。しかし、平成の時代に入ると、グローバル化がすすみ、非正規社員の増加等による労働環境・経済環境の大きな変化により、集団的な紛争から次第に個別労働紛争へと移行するようになってきました。

増加傾向の個別労働紛争の解決にあたっては、様々な対応がなされてきました。それには、①当事者間の話し合い、②団体交渉、③行政による助言・指導・勧告・調停、そして④司法による通常訴訟・仮処分・労働審手続などです。労働審判法は、平成16年5月12日に交付され、平成18年4月1日に裁判官である労働審判員1名と労働員2名で構成する労働審判委員会が個々の労働者と事業主との間に生じた労働関係に関する民事上の紛争(個別労働関係民事紛争)を迅速、適正かつ実効的に解決することを目的に労働審判制度が誕生しました。

厚生労働省ウエブサイトによると、民事上の個別労働紛争相談件数は、平成24年は304,058件、平成25年度は、300,113件、平成26年度は290,625件と高止まりしています。そして、中労委ウエブサイトによる各機関における個別労働紛争処理制度の運用状況は、平成27年度で労働委員会斡旋が343件、都道府県の労政主管部局等斡旋が709件、労働局斡旋が4、775件、そして労働審判では3,713件となっています。10年前から始まった労働審判制度だけ見ましても、増加傾向にあります。相談内容別には、平成26年度ではセクハラやパワハラなどのいじめ・嫌がらせが一番多く、62,191件、次いで解雇が38,966件となっているのも時代を反映しています。

背景に事業主の意識

筆者はカウンセラーとして、常日頃から経営者と話をする機会が多いため、事業主と社員との距離感に問題があるのではないかと考えています。例えば、事業主側には、「社員は、社の命令を黙って従っていればよい」、「社員だから、当然にこうあるべきだし、こうあるはずだ」と、「べき・はず」にとらわれた一方的な考えを感じます。特に紛争当事者の事業主には、まるで前近代的な身分制度があるかのように社員の事を考えているのではないかと思われるのです。身分制度があった時代での「滅私奉公が当たり前」、「働かせてやっている」という意識に近いものがこうした紛争やハラスメントの背景にあるのではないかということです。この社員との距離感が、個別労働紛争の問題の増加に影響しているということです。

社員との距離感を正常化

それでは、正常な社員との距離感をどのように修正すればよいのでしょうか。筆者は、事業主と社員とはあくまでも労働契約書で結ばれた対等なパートナーであるという意識が正常な距離感であると考えます。社員は会社が求める目標を達成するための役割を担い、それに応じた環境づくりと報酬を事業主は約束するという対等な関係であるということです。労働紛争で、「言った、言わない、聞いていない」の事態を招かないためにも、お互いしっかりと役割の確認する意識が大切です。

事業主より頻繁に社員と接触する管理職では、社員との距離感をさらにしっかり持たねばなりません。管理職の心構えとして、それぞれが役割を与えられた対等なパートナーである意識を持ち、上下の意識を外し、自らの役割であるグループの生産性を上げるために、社員と信頼関係を築くことです。一日一回は必ず声をかけ、お互いの状況、仕事の状況をよく掴んでおくことです。また、必要な援助を惜しまず、自分の目標は何か、いつもはっきり意識させておくこと、自分の目標を達成させることが組織の中でいかに大切かを周知させることです。社員が離職する、メンタル不調に陥るなどは、管理職としての機能を果たしていることにはなりません。事業主も管理職も同じ目標に向かっているパートナーとしての社員との距離感を意識することが、会社の利益の確保と余計な個別労働紛争を減少させることに繋がると思います。